よねまるです、ブログにお越しいただきありがとうございます。

トラちゃんが天国へ行ってから、今年の10月で2年が経ちます。

いまでも自宅に帰りつき、リビングでボーっとすると毎日トラちゃんを思い出します。

猫のいる空間っていうのはいいものですねぇ~とても懐かしくなります。

今我が家ではトラちゃんの指定席にリサラーソンのネコのぬいぐるみがおいてあり、家族がかわるがわるに触るので白い体が黒ずんできていますw

そろそろまた野良猫でもやってこないかな~と食事中に冗談を言うと、女房はあまりいい顔をしません。

トラちゃんはある日たまたまよねまるのうちに流れ着いた元飼い猫の野良でした。

ペットショップに買いに行くのではなくて、猫とは偶然に出会いたい。猫と会いたいなぁ、と思っていると向こうからやってくるというのが、50年近くこの地に住んでいるなかで培われた彼らとの出会いのパターンなのです。

しかし当時トラちゃんの最期をみとった女房は、「もうペットは飼いたくない(;’∀’)」と言います。過去のことを切り捨てながら前だけを向いて生きられるたくましい女性だったのですがw、あの時の悲しみはまだ癒えず、そう簡単に割り切れる問題ではないようです。

命の代わりはありませんし、「ペットブーム」「猫ブーム」という風潮が大嫌いな私としても彼女の考えには賛成です。

どんな猫ちゃんでも、彼ら、彼女らの代わりはいませんからね。

世の中の「キジトラ」の写真を見ると、トラちゃんを思い出しますが、微妙に顔かたちが違うし、外で出会う猫も一匹一匹全部性格が違うのが分かります。

彼ら一匹一匹は唯一無二。

人間が身勝手に自分たちの心をいやすための道具ではありませんよね。

私たち人間が人生を生きている中である一時を過ごしてくれているパートナーなんです。

彼らに家にいてもらう分、食事などの世話をさせてもらいますが、その分いろんなものを彼らから頂いています。

猫たちも野良という自由な生き方を捨て、人間と生きるメリットを享受できていたのかな。。

決まった食事、雨風をしのげる環境、それ以外に飼い猫の幸せってなんだろうか。

猫たちが人間とかかわって生きていることでの幸せって。。

彼らは答えてくれませんが、飼い猫たちにとって野良猫として生きる以上の幸せって、猫のニャン生のなかで人間を「より良い生き方をするためのパートナー」だと思ってもらえるような付き合い方を、私たちができているかどうか。

それをあなたができていれば、どんな方法であったとしてもあなたの治療は成功していると思います。

 

ありがとうございました。